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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)293号 判決 1997年11月25日

大阪府大阪市西区江戸堀1丁目9番1号

原告

帝人製機株式会社

同代表者代表取締役

近藤高男

同訴訟代理人弁護士

野上邦五郎

杉本進介

冨永博之

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

浅野長彦

黒瀬雅一

小池隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成6年審判第12808号事件について平成7年9月11日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年10月20日、名称を「ロボット用関節機構」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願(実願昭61-160627号)をし、平成4年7月20日に出願公告(実公平4-29987号)されたが、実用新案登録異議の申立てがあり、平成6年4月14日に拒絶査定を受けたので、同年7月28日に審判を請求した。特許庁は、この請求を平成6年審判第12808号事件として審理し、平成7年9月11日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、その謄本は同年11月13日に原告に送達された。

2  本願考案の要旨

ロボットアームの先端部で、所定の工具を装着したロボット手首をロボットアームに対して回転させるロボット用関節機構であって、

偏芯入力軸用の軸受を有する第1の軸受板と、

前記偏芯入力軸により揺動する外歯歯車と、

該外歯歯車に係合する内歯歯車を設けるとともにロボットアームの先端部に接続されたハウジングと、

第1の軸受板に一体に結合され、外歯歯車が揺動するとき前記ハウジングに対して減速回転するようハウジング用の軸受を装着した第2の軸受板と、

を有するプラノエクセントリックタイプの減速機構を備え、

前記ハウジング用の軸受を装着した第2の軸受板を前記外歯歯車より前記ロボット手首側に配し、該第2の軸受板に直接ロボットの手首を接続して、前記ハウジング用の軸受を前記ロボットの手首を回転自在に支持する関節用の主軸受にも使用するようにした事を特徴とするロボット用関節機構。(別紙図面1第1図参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  引例の記載事項

<1>(a) 実願昭59-29863号(実開昭60-142091号公報参照)のマイクロフィルム(以下「引例1」という。)の第2図(別紙図面2第2図参照)と、「図面は、前記胴部1と可動フレーム2との旋回関節部分に本考案にかかる関節装置を適用した一例を示す。」(4頁1行ないし4行)、「本考案は上記の如く、ロボットの胴部、腕部等を構成する中空部材10中へ駆動モータ4および該駆動セータ4に連繋されて減速回転する歯車支持筒5を配備し、該支持筒5の出力側に偏心回転する歯車軸受部53を設けて、この軸受部53に対し歯車6を回転自由に軸承し且つ該歯車6は中空部材10にリンクを介して連繋し偏心揺動すべくなし、一方、中空部材10に回転自由に軸承した筒体7の端部に、前記歯車6に対応し且つ偏心側が噛合した内歯車72を備え、該筒体7に可動フレーム2を取付けるようにしたから、可動フレーム2には大減速比の回転出力が得られロボット関節部のコンパクト化を実現できる。」(6頁15行ないし7頁8行)の記載から、

(b) 中空部材10は、腕に相当するロボットアームであり、その先端には所定の工具を装着できるロボット手首である可動フレーム2をロボットアームに対して回転させるようにした構成が示され、また、引例1に記載された第2図の関節装置3全体として、ロボット用関節機構を示している。次に、引例1に記載された中空部材10は、第2図において、下方部分がロボットアームとなっており、且つ、上方は歯車機構のハウジングともなっているから、引例1には、ロボットアームの先端部と一体となったハウジングが示されている。さらに、引例1に記載された偏心入力軸(支持筒5)と遊星歯車機構(歯車6、内歯車72)とからなる装置は、本願考案と同様に解すれば、プラノエクセントリックタイプの減速機構である。ところで、引例1に記載されたベアリング71は、第2図と、「中空部材10の内孔端部には、ベアリング71を介して回転自由な筒体7を軸承配備し、該筒体7の一方の端部には、前記揺動歯車6に対応し且つ歯車6の歯数より複数枚少ない内歯車72が取付け固定され、該歯車72に前記歯車6の偏心側を噛合している。」(4頁20行ないし5頁5行)の記載から、前記ハウジング用の軸受となっており、また、このベアリング71は、ロボットの手首に相当する可動フレーム2の軸受ともなっているから、引例1には、ハウジング用の軸受をロボットの手首を回転自在に支持する関節用の主軸受にも使用する構成が示されている。

(c) 引例1に記載されたものは以上のように解されるから、引例1には図面とともに次の事項が記載されているものと認められる。

「ロボットアームの先端部で、所定の工具を装着したロボット手首をロボットアームに対して回転させるロボット用関節機構であって、

ロボットアームの先端部に一体となったハウジングと、

を有するプラノエクセントリックタイプの減速機構を備え、

前記ハウジング用の軸受を前記ロボットの手首を回転自在に支持する関節用の主軸受にも使用するようにした産業用ロボットの関節装置。」

<2> 特開昭56-39341号公報(以下「引例2」という。)には、第6図(別紙図面3参照)とともに次の事項が記載されているものと認められる。

「ケーシングの先端部で、走行駆動系をケーシングに対して回転させる走行駆動用減速機であって、

クランクピン31用の軸受29(「36a」は誤記と認める。)を有する円板状部25と、

前記クランクピン31により揺動するピニオン33と、

該ピニオン33に係合する小径ピン39を設けるとともにケーシングの先端部に接続されたハブ37と、

円板状部25に一体に結合され、ピニオン33が揺動するとき前記ハブ37に対して減速回転するようハブ37用の軸受36bを装着した円板状部17と、

を有するプラノエクセントリックタイプの減速機構を備え、

前記ハブ37用の軸受36bを装着した円板状部17を前記ピニオン33より前記走行駆動系側に配し、該円板状部17に直接走行駆動系を接続して、前記ハブ37用の軸受36bを前記走行駆動系を回転自在に支持する走行駆動用の主軸受にも使用する減速機。」

<3> 特開昭58-200835号公報(以下「引例3」という。)には、FiG.3とともに次の事項が記載されているものと認められる。

「被駆動軸108を回転させる車輌用サイクロイド駆動機構であって、

左側のラジアルローラベアリングを有するカムディスク102と、

カム軸105により揺動するサイクロイドディスクと、

該サイクロイドディスクに係合するピン116と、

カムディスク102に一体に結合され、サイクロイドディスクが揺動するときローラリム101に対して減速回転するようローラリム101用の右側のラジアルローラベアリングを装着したカムディスク102′と、

を有するプラノエクセントリックタイプの減速機構を備え、

前記ローラリム用の右側のラジアルローラベアリングを装着したカムディスク102′を前記サイクロイドディスクより前記被駆動軸108側に配し、該カムディスク102′に直接被駆動軸108を接続して、前記ローラリム101用の右側のラジアルローラベアリングを前記被駆動軸108を回転自在に支持する車両用の主軸受に使用するサイクロイド駆動機構。」

(3)  本願発明と引例1に記載されたものとの対比

<1> 一致点

ロボットアームの先端部で、所定の工具を装着したロボット手首をロボットアームに対して回転させるロボット用関節機構であって、

ロボットアームの先端部に一体となったハウジングと、

を有するプラノエクセントリックタイプの減速機構を備え、

前記ハウジング用の軸受を前記ロボットの手首を回転自在に支持する関節用の主軸受にも使用するようにしたロボット用関節機構

<2> 相違点

本願考案が、偏芯入力軸用の軸受を有する第1の軸受板と、前記偏芯入力軸により揺動する外歯歯車と、該外歯歯車に係合する内歯歯車を設けるとともにロボットアームの先端部に接続されたハウジングと、第1の軸受板に一体に結合され、外歯歯車が揺動するとき前記ハウジングに対して減速回転するようハウジング用の軸受を装着した第2の軸受板と、を有するプラノエクセントリックタイプの減速機構を備え、前記ハウジング用の軸受を装着した第2の軸受板を前記外歯歯車より前記ロボット手首側に配し、該第2の軸受板に直接ロボットの手首を接続しているのに対して、引例1に記載されたものは、ロボットアームの先端部に一体となったハウジングを有するプラノエクセントリックタイプの減速機構を備えているにすぎない。

(4)  相違点の検討

まず、偏芯入力軸用の軸受を有する第1の軸受板と、前記偏芯入力軸により揺動する外歯歯車と、該外歯歯車に係合する内歯歯車を設けるとともにロボットアームの先端部に接続されたハウジングと、第1の軸受板に一体に結合され、外歯歯車が揺動するとき前記ハウジングに対して減速回転するようハウジング用の軸受を装着した第2の軸受板と、を有するプラノエクセントリックタイプの減速機構を備え、前記ハウジング用の軸受を装着した第2の軸受板を前記外歯歯車より前記ロボット手首側に配し、該第2の軸受板に直接ロボットの手首を接続している構成に対応するものは、引例2に記載されている。ここで、構造上、本願考案の「偏芯入力軸」、「偏芯入力軸用の軸受」、「第1の軸受板」、「外歯歯車」、「内歯歯車」、「ロボットアーム」、「ハウジング」、「ハウジング用の軸受」、「第2の軸受板」、「ロボット手首、ロボットの手首」は、引例2に記載されたものの「クランクピン31」、「軸受29」、「円板状部25」、「ピニオン33」、「小径ピン39」、「ケーシング」、「ハブ37」、「軸受36b」、「円板状部17」、「走行駆動系」にそれそれ対応している。次に、引例1に記載されたものと引例2に記載されたものとは、ともに、プラノエクセントリックタイプの減速機構という同一の技術分野に属し、かつ共通の構成を有するから、引例1に記載されたものに引例2に記載されたものを適用した構成、すなわち、本願考案の上記相違点で示したような構成とすることは、当業者がきわめて容易に想到できたものである。

なお、審判請求人(原告)は、「ハウジングに対する主軸受を装着した円板状部17と、出力軸に相当する出力伝達用駆動歯車13a一体にしたものが開示されているが、」(平成7年7月28日付け意見書5頁9行ないし11行)とし、本願考案の第2の軸受板に直接ロボットの手首を接続している構成に対応するものは、引例2に記載されていないと主張するが、もしかかる対応関係を容認したとしても、引例2に記載された円板状部17と出力伝達用駆動歯車13aを一体のものとするか、別体のもの(たとえば、引例3に記載されたものを参照)とするかは、設計的事項(必要があれば、機械設計ハンドブック編集委員会編「機械設計ハンドブック」、初版6刷、昭和35年6月15日、共立出版株式会社発行、1-2頁11行ないし19行参照)であるから、かかる設計的事項を加えた引例2に記載されたものを引例1に記載されたものに適用した構成、すなわち、本願考案の前記相違点で示したような構成とすることは、当業者がきわめて容易に想到できたものである。

(5)  したがって、本願考案は、その出願前日本国内において頒布された引例1、2、3に記載された考案と設計的事項に基づいて、その出願前にその考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)は認める。同(2)<1>(a)は認める。同(b)、(c)は争う。同(2)<2>は認める。同(2)<3>のうち、「左側のラジアルローラベアリングを有するカムディスク102と、」の部分は争い、その余は認める。同(3)<1>は争う。同(3)<2>は認める。同(4)、<5>は争う。

審決は、引例1(甲第2号証)に記載の技術事項についての認定を誤り、かつ、本願考案と引例1記載のものとの相違点についての判断を誤って、本願考案の進歩性の判断を誤ったものである。

(1)  引例1の記載事項の誤認(取消事由1)

<1> 審決は、引例1(甲第2号証)について、「中空部材10は、腕に相当するロボットアームであり、その先端には所定の工具を装着できるロボット手首である可動フレーム2をロボットアームに対して回転させるようにした構成が示され」ていると認定しているが、「可動フレーム2」は「ロボット手首」ではない。したがって、審決が、引例1には、「ロボットアームの先端部で、所定の工具を装着したロボット手首をロボットアームに対して回転させるロボット用関節機構であって、プラノエクセントリックタイプの減速機構を備えた関節装置」が記載されているとした認定は誤りである。

引例1の第1図及び第2図(別紙図面2参照)には同じ部位に同じ番号が付されていることからも明らかなとおり、第2図に示されている関節装置3は固定コラムとしての胴部1と旋回コラムとしての可動フレーム2との間に設けられており、ロボットアームと手首との間に設けられたものでないことは明らかであり、可動フレーム2は旋回コラムであってロボット手首ではない。

また、引例1の実用新案登録請求の範囲には「ロボットの胴部または腕部を構成する中空部材10の内面に・・・」と記載されていることからも明らかなように、引例1の考案は、胴部1の旋回コラム部(中空部材10)または腕部(胴部1の旋回コラム部を付け根として作動するアーム部材)を駆動するための関節装置に限定しており、手首部材を駆動する関節装置への適用を意図していない。

そして、産業用ロボットにおいて、胴旋回部(固定ベース部と、これに対して鉛直方向に延在する旋回コラム部との間の部分)の関節装置と、腕屈曲部(旋回コラム部等とアームとの間の部分)の関節装置とでは、それら関節部が大荷重を担持し大トルクを出力しなければならないことから、同様の関節装置を適用することも考えられるが、手首部関節装置においては、胴旋回部とは比較にならないほど小さな負荷能力で足りるのみならず、機能自体も全く異なるため、手首部関節装置と胴旋回部(あるいは腕屈曲部)関節装置とでは通常異なる構成の関節装置が適用されるのである。

人の胴部、腕部及び手首部がそれぞれ全く異なる概念で把握されているのと同様、産業用ロボットにおいてもこれらは全く別の概念のものであり、引例1に「本考案は産業用ロボットの胴旋回部、腕屈折部等に適用する関節装置に関する」との記載があるからといって、引例1が手首関節装置への適用を開示ないし示唆しているとはいえない。

以上のとおり、腕部と手首部とでは全く異なるものであり、加えて、上記のとおり引例1の考案は、胴部または腕部の関節装置に限定されていること、産業用ロボットにおいて各関節部毎にその構造が異なることは周知であり、特に手首部の関節と他の部位の関節とでは要求される負荷能力及び機能が全く異なることから、それらの関節構造も全く異なるものであること、引例1には、ロボットアーム21の先端部に本願考案にいうプラノエクセントリックタイプの減速機構を備えた関節装置を設けることについての記載も示唆もないことからすると、審決の上記認定は誤りというべきである。

<2> 審決は、「引例1に記載された中空部材10は、第2図において、下方部分がロボットアームとなっており、且つ、上方は歯車機構のハウジングともなっているから、引例1には、ロボットアームの先端部と一体となったハウジングが示されている。」と認定しているが、誤りである。

本願考案では、内歯歯車自体に関節装置のハウジングの役割を持たせると同時に、この部材をロボットアームの先端部に接続し、ロボットアーム先端部の大幅な重量軽減を図ったものである。すなわち、本願考案においてアームの先端に取り付けられるものは内歯歯車に他ならず、本願考案における「外歯歯車に係合する内歯歯車を設けると共にロボットアームの先端部に接続されたハウジング」とは、アームの先端部に接続された内歯歯車を意味するのである。

しかしながら、内歯歯車のない中空部材10は本願考案における「ハウジング」と目的、作用効果が全く異なるものであり、本願考案の「ハウジング」に対応しないことは明らかである。引例1には、本願考案にいう「ハウジング」は存在しないのである。

したがって、上記認定は誤りである。

(2)  相違点の判断の誤り(取消事由2)

<1> 本願考案は、ロボットアームが水平方向に向くことがあることから、ロボットアームとロボット手首の間の関節が水平方向にある場合に、ロボットアームの先端のハウジングが長くなるとロボット手首の重量がロボットアームにかかってロボットアームの下方向に向かって大きな曲げモーメントがかかることになるという欠点を解決しようとするものである。

これに対し、引例1はロボットの胴部や腕屈折部等に適用される鉛直方向に配置された関節装置を示すものであり、本願考案のような水平方向に配置されたロボットアームと手首の関節機構の構成を示しているものではなく、本願考案におけるようなロボット手首関節の欠点を解決するという技術的課題については何ら示唆されていない。つまり、引例1には、関節装置が水平におかれることにより、可動フレームによって中空部材が大きな曲げモーメントを受けるというような課題自体が一切考えられていないのである。

上記のとおり、本願考案は、ロボットアームの先端が長くなることによりロボットアームにロボット手首の重さが曲げモーメントとして重くかかってくるのを防ぐ目的で考案されたものであるのに対し、引例1のものは、ロボット胴部や腕屈折部の関節に関するものであり、関節も鉛直方向に配置されているものであるから、それによってロボットの関節の根元部(胴部)への曲げモーメントとして重くかかってくるようなことはないのであり、引例1には本願考案における課題自体が存在しないのである。

<2> 本願考案は、「コンパクトで取付長さの短いロボット用アームの関節機構を提供することを目的とするものである。」(甲第5号証3欄7行ないし9行)。また、本願明細書には、「取付長さの短い軽量の関節機構を得ることができるものである。」(同3欄16行、17行)、「アーム先端部分と、ロボット手首との関節機構5の長さを短縮することができ」(同4欄30行、31行)と記載されており、甲第5号証の第1図と第2図(別紙図面1参照)を比較すれば、本願考案がロボットアームの先端のハウジングを短くしようとするものであることは明白である。

これに対し、引例2(甲第3号証)のものは走行駆動用減速機であって、減速比を大きくするために減速装置を用いているのであり、本願考案のようにロボットアームの先端のハウジング(引例2の減速機構に相当)が横に長くなるを防ぐために採用されたものではない。

引例2には、「すなわち、上記減速機ではクランクピンを片持ち支持する構造のためクランクピンの強度により出力トルクが制約を受け、出力トルクを増すためにクランクピンを大径化した場合にはクランクピンの軸受支持部を大きくする必要があり、その結果減速機の外径が大きくなる。また、従動軸を減速機のケースにより回転可能に支持しており、このケースは内歯歯車を具備したハブを外側から囲周しているために、ケースの肉厚及びケースとハブ間の間隙を必要とし減速機の外径が大きくなる。本発明は上述の問題を解決して、外形が小さく軽量で大出力を出せる減速機を提供することを目的とする。」(2頁左上欄15行ないし右上欄9行)と記載されている。この記載によると、引例2の発明は、従来の減速機がクランクピンの径が大きくなると減速機の径も大きくなるので、そのような問題を解決するために、クランクピンの安定支持及び歪減少により小型の軸受を使用でき、減速機を小型化できるというものであるから、ここでいう減速機の小型化はクランクピンを短くすることにより減速機を短くすることができるというものではなく、クランクピンの径が大きくならないようにして、減速機の径も大きくならないようにするというものである。

上記のとおり、引例2のものは、走行駆動用の減速機であり、大きな減速比を得るために引例2の構成のプラノエクセントリックタイプの減速機構が用いられているのであって、本願考案のようにロボットアームの先端のハウジングを短くしようという目的で引例2の構成のプラノエクセントリックタイプの減速機構が採用されているわけではない。しかも、引例2は減速機を小型にできるというが、減速機の径を小さくするものであって軸方向の長さを短くするものではないのであり、その点でも引例2の技術思想から本願考案のようにロボットアームの先端のハウジング部分を短くすることはできないはずである。

<3> 以上のとおり、引例1及び引例2には本願考案の課題が示されておらず、かつ、本願考案の「ロボットアームの先端部で、所定の工具を装着したロボット手首をロボットアームに対して回転させるロボット用関節機構」、「外歯歯車に係合する内歯歯車を設けるとともにロボットアームの先端部に接続されたハウジング」、「ハウジング用の軸受を装着した第2の軸受板を前記外歯歯車より前記ロボット手首側に配し、該第2の軸受板に直接ロボットの手首を接続して、前記ハウジング用の軸受を前記ロボットの手首を回転自在に支持する関節用の主軸受にも使用するようにした事」が開示されていないのであるから、「引例1に記載されたものに引例2に記載されたものを適用した構成、すなわち、本願考案の前記相違点で示したような構成とすることは、当業者がきわめて容易に想到できたものである。」とした審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

<1> 引例1(甲第2号証)には、「本考案は産業用ロボットの胴旋回部、腕屈折部等に適用する関節装置に関する。」(2頁10行、11行)と記載されており、胴部や腕屈折部ばかりでなく、その他の箇所にも適用できることが記載されている。引例1の第2図に記載されたものがロボットの手首に適用された場合は、引例1の産業用ロボットの関節装置は、第1図においてロボットハンド21の先端に手首が存する構成となる。

乙第1号証(赤堀寛著「知能ロボットの基礎知識」昭和62年2月1日共立出版株式会社発行)の25頁6行、7行には、「マニピュレータのことをロボットの腕ということもしばしばである。」と記載され、マニピュレータがロボットの腕そのものである場合が多くあるとしている。また、同号証の25頁8行には、「マニピュレータは、手に相当する部分と腕に相当する部分とに分けられるが」と記載されているが、同号証の10行、11行の「マニピュレータの腕の部分を構成するには、人間の腕の骨と関節とに相当する部品を用意する必要がある。」との記載からも理解できるように、手と腕の間には、手首に当たる関節が存在するものとされている。

このような記載から、引例1において、「ロボットの腕部」というときは、通常、ロボットアームと手首間の構成を指しており、また、ロボットアームと手首の間には関節が存在するということができる。すなわち、産業用ロボットにおいて「腕部」というとき、通常、ロボットアーム-手首-手間の構成を指しているのである。換言すれば、産業用ロボットにおいてマニピュレータは、ロボットの中の腕を意味することが多く、その腕は、少なくともロボットアーム(狭義の腕部)と手首を含んでいる概念なのである

しかして、引例1で「ロボットの胴旋回部、腕屈折部等」(2頁10行、11行)という中のロボットの腕屈折部等とは、少なくとも、胴あるいは肩と上腕の間、上腕と前腕の間(すなわち肘)、胴あるいは肩と前腕の間、前腕と手の間(すなわち手首)などに存在する関節機構を指している。

したがって、引例1の「可動フレーム2」は、「ロボット手首」である場合を示しているのであり、審決で、「ロボットの手首に相当する可動フレーム2」と解釈したのは、本願考案の実施例でいう「ロボットの手首4」が引例1の「可動フレーム2」に構造上対応しているからである。

<2> 原告は、審決が、「引例1に記載された中空部材10は、第2図において、下方部分がロボットアームとなっており、且つ、上方は歯車機構のハウジングともなっているから、引例1には、ロボットアームの先端部と一体となったハウジングが示されている。」と認定した点の誤りを主張しているが、この点は、審決において、相違点として認定し、判断しているところである。

(2)  取消事由2について

<1> 原告は、引例1の第2図で鉛直方向に示された関節装置は、本願考案のような水平方向に配置されたロボットアームと手首の間の関節機構を示しているものではない旨主張している。

引例1の第2図には、中空部材10と可動フレーム2が紙面において上から下、すなわち鉛直に示されているが、ロボットアームと手首の関係を図面に表示するとき、甲第5号証(本願公告公報)の第1図、第2図で示すように紙面に水平に表示するか、引例1の第2図で示すように紙面に鉛直に表示するかは、図面表示上任意に選択する事項であって、引例1の第2図のものが鉛直に示されているからといって、ロボットアームと手首の関係を示していないということはできない。

また原告は、引例1に記載されたものは、鉛直方向を向いているので、水平方向を向いた場合の課題がない旨主張している。

しかし、引例1の第2図に示されたロボットアームと手首は、乙第1号証の27頁の図10「直交座標形マニピュレータ」で示すように、鉛直方向ばかりでなく、3次元空間でさまざまな方向に動き、かつ向くことができるから、水平にしたとき最も大きな曲げモーメントを受ける状態、すなわちロボット手首の重さがロボットアームに対して、下方向に大きな田げモーメントを発生させる。産業用ロボットの腕部は、さまざまな方向に向いて作業を行い、特に水平になる場合に曲げモーメントが最大になることから、この最大曲げモーメントを基準にして、この最大曲げモーメントに耐えるように各部の強度を設計したり、曲げモーメントを大きくする原因となる手首や手の重量を軽減するという課題があることは、機械力学上明らかである。

<2> 引例2(甲第3号証)の2頁左上欄8行ないし10行において、同号証の発明の改良の元となった従来技術の遊星歯車減速機構は「大減速比の減速機」であるとし、また、同号証の5頁左上欄4行ないし7行において、かかる従来技術に対して、プラノエクセントリックタイプの減速機構は「同一減速比及び同一外径比時に、約10倍の出力トルクを発生可能」であるとしている。

すなわち、プラノエクセントリックタイプの遊星歯車機構を用いるときわめて大きな減速比が得られるとともに、軽量化、コンパクト化を実現することができるのである。

したがって、引例2には、減速機の前段の先端部分を短くしようとする、すなわちコンパクト化を図ろうとする課題が示されているのである。

<3> 引例1には、「ロボット用減速機構の必須要件として、(イ)コンパクトであること、(ロ)高効率であること、(ハ)安価であること、(ニ)配線処理が容易であること、等があげられる。」(2頁15行ないし19行)旨の記載があり、産業用ロボットの手首を含む腕屈折部等にプラノエクセントリックタイプの減速機が採用されていることからすると、引例1のものに、汎用性のあるものとして技術開示されている引例2のプラノエクセントリックタイプの減速機構を適用する、すなわち引例1の減速機部分を引例2の減速機部分に置換することに困難性はない。

第4  証拠

証拠関係は、書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願考案の要旨)、3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

そして、引例1(甲第2号証)の4頁1行ないし4行、6頁15行ないし7頁8行に審決摘示の事項が記載されていること、引例2及び引例3(「左側のラジアルローラベアリングを有するカムディスク102と、」の部分を除く。)に審決認定の事項が記載されていること、本願考案と引例1記載のものとの相違点が審決認定のとおりであることについても、当事者間に争いがない。

2  本願考案の概要

甲第5号証及び甲第6号証によれば、本願考案は、「産業用ロボット等の作動用アームの関節部分の構成に関するものである」(甲第5号証1欄11行、12行)こと、「産業用ロボットの作動用アームの関節部分、特に、その先端部に設けられた手首の部分には、一般に軽量で高減速比を有する減速機構が組込まれている」(同1欄14行ないし17行)が、「このような従来のものにおいては、使用する減速機構では、主軸受9を直接減速機構に取付けることが出来ず、第2図(注 別紙図面1第2図)のように減速機構とは別体に関節部支承リング12(「8」は誤記と認める。)等を設けて減速機構よりも外側に手首を支える軸受(第2図における主軸受9)を設ける必要があった。このため、比較的軽量の前述したようなハーモニックドライブ(略)減速機構を使用したとしても、関節機構部5の長さLが大きくなり、手首4を含むロボットアーム先端部の長さが長くなって、ロボットの手首としてみた場合の重量が重くなる。しかも、関節機構部5の長さLが長くなることにより、関節機構取付部及びアームにかかる曲げモーメントが大きくなり、強度的にも特別な設計上の配慮が必要となってくる。等の欠点を有していた」(同2欄15行ないし3欄5行)ことから、本願考案は、「そのような従来技術におけるロボットアームの関節機構に関する問題点を解消し、コンパクトで取付長さの短いロボット用アームの関節機構を提供することを目的」(同3欄6行ないし9行)として、前示要旨のとおりの構成を採用したものであり、「減速機構の主軸受17aそのものが、関節用の主軸受として使用出来るので、従来のように関節部支持リング等の支持部材を別設する必要がなく、しかも、関節用の主軸受を減速機構と別体に設ける必要もない。換言すれば、減速機構そのものが直接ロボットの関節機構として使用できるのである。したがって、アーム先端部と、ロボット手首との間の関節機構5の長さを短縮することができ、延いては、アーム先端部の重量の軽減及びそれに伴う曲げモーメントの減少を図ることが出来る」(同4欄23行ないし33行)という作用効果を奏するものであることが認められる。

3  取消事由1について

(1)  引例1(甲第2号証)には、次の各記載があることが認められる(但し、(ニ)については、当事者間に争いがない。)。

(イ)  「本考案は産業用ロボットの胴旋回部、腕屈折部等に適用する関節装置に関する。」(2頁10行、11行)

(ロ)  「本考案は・・・安価且つコンパクトにして大きな減速比が得られ、しかも配線を関節内部に処理できる新規なロボット用関節装置を提供することを目的とする。」(3頁13行ないし16行)

(ハ)  「第1図は産業用ロボットの一例を示し、胴部1の上端に可動フレーム2が旋回可能に設けられ、該可動フレーム2に作業目的に応じたロボットハンド21が連設されている。図面は、前記胴部1と可動フレーム2との旋回関節部分に本考案にかかる関節装置3を適用した一例を示す。」(3頁18行ないし4頁4行)

(ニ)  「本考案は上記の如く、ロボットの胴部、腕部等を構成する中空部材10中へ駆動モータ4および該駆動セータ4に連繋されて減速回転する歯車支持筒5を配備し、該支持筒5の出力側に偏心回転する歯車軸受部53を設けて、この軸受部53に対し歯車6を回転自由に軸承し且つ該歯車6は中空部材10にリンクを介して連繋し偏心揺動すべくなし、一方、中空部材10に回転自由に軸承した筒体7の端部に、前記歯車6に対応し且つ偏心側が噛合した内歯車72を備え、該筒体7に可動フレーム2を取付けるようにしたから、可動フレーム2には大減速比の回転出力が得られロボット関節部のコンパクト化を実現できる。」(6頁15行ないし7頁8行)

上記各記載及び引例1の第1図、第2図(別紙図面2参照)によれば、引例1記載の考案は、産業用ロボットの胴旋回部、腕屈折部等に適用する関節装置に関し、安価かつコンパクトにして大きな減速比が得られる新規なロボット用関節装置を提供することを目的とするものであり、引例1には、胴部1と可動フレーム2との旋回関節部分すなわち胴旋回部に、一軸の旋回あるいは回転のみの関節運動を行う関節装置を設ける具体例が開示され(第1図)、また、関節装置3全体としてのロボット用関節機構が示されているが(第2図)、その関節装置は腕屈折部にも適用できるものであることが示されているものと認められる。

(2)  乙第1号証(赤堀 寛著「知能ロボットの基礎知識」共立出版株式会社 1987年2月1日発行)には、人間の腕について、「上肢から先端部の手を除いた残り、つまり肩から手首までが腕である。腕は上腕と前腕とにわかれ、それらは一軸のちょうつがい関節(肘関節)でつながれている。そして上腕は、・・・多軸性の球関節(肩関節)で肩の部分と結びついている。また前腕は、手首にある二軸性の関節で手と結ばれている。・・・腕の第一の役割は、必要な位置と姿勢を手先にとらせることである。」(20頁6行ないし21頁1行)と記載され、ロボットの腕について、「マニピュレータのことをロボットの腕ということもしばしばである。マニピュレータは、手に相当する部分と腕に相当する部分とに分けられるが、最初に腕の部分を取り上げる。・・・マニピュレータの腕の部分を構成するには、人間の腕の骨と関節とに相当する部品を用意する必要がある。」(25頁6行ないし11行)、「実際のマニピュレータには、姿勢に関する自由度を与えるために、手首の関節などがさらに付け加えられる。」(27頁16行、17行)と記載されていることが認められる。

上記各記載によれば、ロボットの腕においては、人間の腕の役割と同様に、手先に必要な位置と姿勢をとらせるために、マニピュレータの腕に相当する部分に手首の関節が付け加えられるものであり、手首の関節はロボットの腕の部分に含まれるものと認められる。

(3)  ロボットの腕が上記のとおりの概念のものであることを前提として、引例1の産業用ロボットの腕屈折部に適用した場合について考えると、引例1の第1図におけるロボットの腕部とは、図示された形態からして、円柱状の胴部1に連続する2個の直方体状の構造体がそれぞれ上腕及び前腕に該当し、関節装置が配置される腕屈折部とは、円柱状の胴部と直方体状の上腕の間(すなわち肩)、いずれも直方体状の上腕と前腕の間(すなわち肘)、直方体状の前腕の先端(すなわち手首)が該当するものと認められ、いずれの腕屈折部においても、その関節機構は、胴旋回部と同様に1軸の旋回あるいは回転のみを行う機能構造のものであると認められる。

他方、甲第5号証及び甲第6号証によれば、本願考案における手首部関節装置も、手首機構における曲げ、首振り、ひねりなどの複雑な機能を複合して行う特殊な関節装置ではなく、ロボットアームの他の関節部分に通常使用されるものと同等の、1軸の旋回あるいは回転機能のみを行う関節装置を組み込んだものであると認められる。

上記のとおり、引例1に記載の腕屈折部に適用される関節装置は手首部関節装置を含むものと認められ、1軸の旋回あるいは回転機能を行う関節装置を組み込んだものであるという点では本願考案と変わるところがない。

したがって、審決が、引例1の「可動フレーム2」につき「ロボット手首」であると認定した点に誤りはないものというべきである。

(4)<1>  原告は、腕部と手首部とは全く異なるものである上、引例1の考案は胴部または腕部の関節装置に限定されていること、産業用ロボットにおいては、特に手首部の関節と他の部位の関節とでは要求される負荷能力及び機能が全く異なり、関節構造も全く異なるものであること、引例1には、ロボットハンド21の先端部に本願考案にいうプラノエクセントリックタイプの減速機構を備えた関節装置を設けることについての記載も示唆もないことを理由として、審決が、引例1の「可動フレーム2」を「ロボット手首」であると認定したことの誤りを主張する(請求の原因4(1)<1>)。

しかし、産業用ロボットにおいて、手首部の関節と他の部位の関節とでは要求される負荷能力及び機能が異なるとしても、手首部関節装置を備える産業用ロボットにおいては、その規模等に応じて、それに見合う負荷能力及び機能を有する構造を有するようなものとして採用されることは当然であり、引例1に開示されている関節装置が腕屈折部等にも適用されるものときれている以上、引例1の関節装置が手首部用のものとして採用できないものであるとは認め難く、手首部の関節と他の部位の関節とでは要求される負荷能力及び機能が異なることを理由として、引例1は、手首部関節装置への適用ないし示唆をしていないとすることはできない。

原告のその余の主張は、上記(1)ないし(3)に説示したところに照らして、採用できない。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

<2>  原告は、審決が「引例1には、ロボットアームの先端部に一体となったハウジングが示されている。」と認定した点について、引例1の内歯歯車のない中空部材10は本願考案における「ハウジング」と目的、作用効果が異なり、上記「ハウジング」に対応しないとして、上記認定は誤りである旨主張する(請求の原因4(1)<2>)。

しかし、引例1の「中空部材10」は、機能的には「ロボットアーム」であり、構造的には歯車機構を包容する外殻を形成する「ハウジング」であって、その先端部には、「可動フレーム2」すなわち「ロボット手首」が取り付けられるものと認められるから、審決の上記認定に誤りはなく、原告の上記主張は採用できない。

なお、本願考案における「ハウジング」は、「外歯歯車に係合する内歯歯車を設けると共にロボットアームの先端部に接続されたハウジング」であることから、審決は、本願考案と引例1記載のものとは、「ロボットアームの先端部に一体となったハウジング」を有する点で一致し、本願考案の「ハウジング」が「内歯歯車を設けるハウジング」である点で引例1記載のものに相違する旨認定しているのであって、この点についての審決の一致点及び相違点の認定に誤りはない。

(5)  以上のとおりであって、引例1に記載の技術事項についての審決の認定に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

4  取消事由2について

(1)  引例2に、別紙図面3の第6図とともに、「ケーシングの先端部で、走行駆動系をケーシングに対して回転させる走行駆動用減速機であって、クランクピン31用の軸受29を有する円板状部25と、前記クランクピン31により揺動するピニオン33と、該ピニオン33に係合する小径ピン39を設けるとともにケーシングの先端部に接続されたハブ37と、円板状部25に一体に結合され、ピニオン33が揺動するとき前記ハブ37に対して減速回転するようハブ37用の軸受36bを装着した円板状部17と、を有するプラノエクセントリックタイプの減速機構を備え、前記ハブ37用の軸受36bを装着した円板状部17を前記ピニオン33より前記走行駆動系側に配し、該円板状部17に直接走行駆動系を接続して、前記ハブ37用の軸受36bを前記走行駆動系を回転自在に支持する走行駆動用の主軸受にも使用する減速機。」が記載されていることは、当事者間に争いがない。

ここで本願考案と引例2記載のものとを対比すると、両者はいずれもプラノエクセントリックタイプの減速機構であり、引例2に記載の「クランクピン31」、「軸受29」、「円板状部25」、「ピニオン33」、「小径ピン39」、「ハブ37」、「軸受36b」、「円板状部17」は、本願考案の「偏芯入力軸」、「偏芯入力軸用の軸受」、「第1の軸受板」、「外歯歯車」、「内歯歯車」、「ハウジング」、「ハウジング用の軸受」、「第2の軸受板」と、その構成及び機能においてそれぞれ同一であると認められるが、走行駆動用(引例2)とロボット用(本願考案)との用途の相違に由来して、引例2では「ケーシング」、「走行駆動系」であるのに対し、本願発明では「ロボットアーム」、「ロボット手首」である点で相違しているものと認められる。

しかし、引例2における「ケーシング」は、本願考案の「ロボットアーム」と同様に、その先端部に減速機構の外殻を形成するとともに内歯歯車を設ける構成の「ハブ37」(本願考案の「ハウジング」に相当する。)が接続されるものであり、また、引例2における「走行駆動系」は、本願考案の「ロボット手首」と同様に、減速機構の出力が伝達される被駆動体として、減速機構の回転出力部材である「円板状部17」(本願考案の「第2の軸受板」に相当する。)に直接接続されるものであって、この「円板状部17」に装着された「軸受36b」は、上記「ハブ37」用と被駆動体用とに共通に利用されるから、被駆動体用の軸受を減速機構と別体に設ける必要がなくなって、減速機構の軸方向の長さを短くすることができるものと認められる。

以上によれば、引例2には、相違点に係る「偏芯入力軸用の軸受を有する第1の軸受板と、前記偏芯入力軸により揺動する外歯歯車と、該外歯歯車に係合する内歯歯車を設けるとともにロボットアームの先端部に接続されたハウジングと、第1の軸受板に一体に結合され、外歯歯車が揺動するとき前記ハウジングに対して減速回転するようハウジング用の軸受を装着した第2の軸受板と、を有するプラノエクセントリックタイプの減速機構を備え、前記ハウジング用の軸受を装着した第2の軸受板を前記外歯歯車より前記ロボット手首側に配し、該第2の軸受板に直接ロボットの手首を接続している」構成に対応するものが記載されているものと認められる。

(2)  ところで、引例1には、引例2のプラノエクセントリックタイプの減速機構と同タイプの減速機構をロボットの手首部関節装置に適用することが示されているのであるから、引例1記載のものに引例2の上記構成を適用して、相違点に係る本願考案の構成を得ることは、当業者においてきわめて容易に想到し得ることであると認められる。

そして、引例2の減速機構をもってロボット用関節機構を構成したときに、本願考案のように、アーム先端部とロボット手首との間の関節機構の長さを短縮でき、アーム先端部の重量の軽減及びそれに伴う曲げモーメントの減少を図ることができるという作用効果が得られることは、当業者が予測できる範囲内の事項であると認められる。

(3)<1>  原告は、引例1は、ロボット胴部や腕屈折部の関節に関するものであって、本願考案のような水平方向に配置されたロボットアームと手首の間の関節機構を示しているものではなく、関節は鉛直方向に配置されているものであるから、それによってロボットの関節の根元部(胴部)への曲げモーメントとして重くかかってくるようなことはないのであり、引例1には、本願考案における課題自体が存在しない旨主張する(請求の原因4(2)<1>)。

引例1の第2図には、鉛直方向に示された関節装置が図示されているが、これは、引例1の考案に係る関節装置を、回転軸が常に鉛直方向を向く胴旋回部に適用した実施例をその空間的配置に従って開示したことに由来するものにすぎず、この関節装置を腕屈折部に適用して手首部関節装置を構成した場合には、ロボットの作業動作に応じて鉛直水平方向を問わず3次元的にあらゆる方向を向くことはその動作特性からして自明である。しかして、引例1には、本願考案と同様の1軸の回転機能を有する手首部関節装置が示されているものというべきところ、関節装置が水平方向を向いた場合に最も大きな曲げモーメントが発生することは機械設計上の技術常識であるから、引例1には本願考案の課題自体が存在しないということはできない。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

<2>  原告は、引例2のものは、走行駆動用の減速機であり、大きな減速比を得るために引例2の構成のプラノエクセントリックタイプの減速機構が用いられているのであって、本願考案のようにロボットアームの先端のハウジングを短くしようという目的で上記構成が採用されているものではなく、しかも、引例2は、減速機を小型にできるというが、減速機の径を小さくするものであって、軸方向の長さを短くするものではないのであって、引例2の技術思想から本願考案のようにロボットアームの先端のハウジング部分を短くすることはできないはずである旨主張する(請求の原因4(2)<2>)。

ⅰ. 引例2(甲第3号証)には、次の各事項が記載されていることが認められる。

(イ) 「入力回転軸に第1外歯車を止着し、該第1外歯車に複数個の第2外歯車を噛合させ、該第2外歯車を複数個のクランクピンに連結して該第2外歯車の回転運動を該クランクピンの自転運動に変換し、内部に円周方向に配設された複数個のピン孔を具備しかつ外周に外歯を有するピニオンの該ピン孔に前記クランクピンを挿入して該クランクピンの自転運動によりピニオンを偏心公転運動可能となし、該ピニオンの外歯を囲むハブの内周に該外歯と噛合する内歯を設けてなる減速機」(1頁左下欄5行ないし14行)

(ロ) 「(従来公知の)減速機ではクランクピンを片持ち支持する構造のためクランクピンの強度により出力トルクが制約を受け、出力トルクを増すためにクランクピンを大径化した場合には・・・減速機の外径が大きくなる。また、従動軸を減速機のケースにより回転可能に支持しており、・・・減速機の外径が大きくなる。本発明は上述の問題を解決して、外形が小さく軽量で大出力を出せる減速機を提供することを目的とする。」(2頁左上欄16行ないし右上欄9行)

(ハ) 「本発明においてはピニオンに穿設した貫通孔に支持ブロックの柱状部を遊嵌挿しこの支持ブロックの両端部によりクランクピンを両端支持しているため・・・。両端支持によるクランクピンの安定支持及び歪減少により小型の軸受を使用でき、減速機を小型化できる。」(2頁右上欄18行ないし左下欄6行)

(ニ) 「第1図に示す第1実施例はクローラ車輌の走行駆動用減速機付油圧モータの減速機に適用した」(3頁左上欄2行ないし4行)

(ホ) 「第1実施例の減速機においては、前述の先行文献記載の減速機に比較して、同一減速比及び同一外径時に、約10倍の出力トルクを発生可能であった。」(5頁左上欄4行ないし7行)

(ヘ) 「本発明の減速機はハブ37を固定することによって入力回転軸と同一軸線上に設けた支持ブロックから出力を取出すことも可能である。その1例を第6図に示す」(5頁右上欄6行ないし9行)

上記各記載、特に(イ)の記載によれば、引例2には、用途を特定しないプラノエクセントリックタイプの減速機の発明が開示され、走行駆動用のものは実施例にすぎないものと認められる。

次に、上記(ロ)(ハ)(ホ)の各記載によれば、従来の同タイプの減速機はクランクピンを片持ち支持する構造のためにクランクピンの径及び減速機の径が大きくなるのに対し、引例2の発明は、この問題を解決することを目的として、クランクピンを両端支持する構造を採用して、減速機を小型化するものであることが認められるから、引例2における「減速機の小型化」とは、減速機の外径に関することであって、軸方向の長さに関するものではないものと認められる。

上記のとおり、引例2は、プラノエクセントリックタイプの減速機構の改良にあたり、改良すべき課題について外径の小型化にあるとしているものである。

ⅱ.ところで、引例1(甲第2号証)には、「ロボット用減速機構の必須条件として、(イ)コンパクトであること、(ロ)高効率であること、・・・等があげられる。しかし、各種減速機構において、ウオーム歯車減速機構は、減速効率が悪く、高精度の加工が困難であり、また遊星歯車減速機構は、得られる減速比が1/5程度のため、それ以上の減速比を得るには多段構造とする必要があり、この場合、コンパクト化がはかれず、」(2頁15行ないし3頁4行)と記載されていることが認められ、この記載と前記3(1)に認定の引例1の記載事項によれば、引例1には、高減速比を得るために、従来技術の遊星歯車減速機構をもって多段構造とすると減速機が軸方向に長くなってしまうことから、引例1の考案は、減速機のコンパクト化を目的として、プラノエクセントリックタイプの減速機構を採用し、かつ、この減速機構を収容した中空部材10に筒体7を軸承して、その端部に回転出力部材である可動フレーム2を取り付けることにより、ロボット関節部のコンパクト化を実現したものであること、すなわち、減速機構の軸方向の長さを短くし、ひいては関節部を構成する減速機構を収容するハウジングである中空部材を短くするという目的を達成したものであることが示されているものと認められる。

上記のとおり、引例1の考案は、プラノエクセントリックタイプの減速機構では軸方向の長さを短くできることを当然の前提として、ロボットの関節装置を構成したものであると認められ、引例1には、本願考案のようにロボットアームの先端のハウジングを短くするという目的(課題)が示されているものと認められる。

そして、引例2のものもプラノエクセントリックタイプの減速機構であるから、その減速機構を採用することにより軸方向の長さを短くすることができるということを当然の前提としているものと考えられる。

ⅲ.上記のとおりであるから、引例2の減速機構の構成を引例1の減速機構に置換することは、当業者であれば容易に想到し得たものというべきであって、原告の上記主張は採用できない。

(4)  以上のとおりであって、相違点についての審決の判断に誤りはなく、取消事由2は理由がない。

5  よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

別紙図面3

<省略>

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